胃癌の最新薬物療法について
腫瘍内科野村英毅
腫瘍内科 野村英毅
胃癌の最新薬物療法について
~治療体系に大きなパラダイムシフト~
ここ数年、治癒切除不能胃癌や転移・再発胃癌に対する薬物療法(抗がん剤治療)が大きく進歩しており、患者さんにとって、より多くの選択肢が得られるようになっています。今回、当院で腫瘍・化学療法外来を担当する、日本臨床腫瘍学会がん薬物療法専門医、日本がん治療認定医機構がん治療認定医の野村英毅先生に胃癌の最新薬物療法について、お話を伺いました。
進行・再発胃癌について教えてください
日本人に多いとされてきた胃癌ですが、検診による早期発見や胃癌の原因となるピロリ菌除菌の普及で、近年その罹患数は減少傾向にあります。しかしながら、2020年のデータでは胃癌の死亡数は依然42,319人と多く、国内の癌死亡数では肺癌、大腸癌に続く第3位に位置しています。胃癌の治療には大きく分けて、手術や内視鏡による根治切除と、転移・再発胃癌に対する薬物療法があります。中でも、胃癌に対する薬物療法は分子標的薬、免疫チェックポイント阻害薬といった新規薬剤が次々と登場し、大きく進歩しています。
胃癌の薬物療法について教えてください
一般に、胃癌に対する薬物療法(化学療法:抗がん剤)としては、手術後、再発予防を目的として一定期間行われる術後補助化学療法と、切除不能進行・再発胃癌に対して、症状緩和、生存期間の延長を目的として行われる化学療法があります。
術後補助化学療法について教えてください
手術後の病理組織学的検査(手術で切除した組織を調べる検査)で癌がどこまで広がっていたかを調べ、胃癌の場合は、癌の進行度を表すステージがⅡ、Ⅲであった患者さんが術後補助化学療法の治療適応となります。
使用される薬剤または薬剤の組み合わせ(併用療法)は、S-1単独療法、CapeOX(カペシタビン+オキサリプラチン)療法、SOX(S-1+オキサリプラチン)療法、S-1+DTX(ドセタキセル)療法と複数の選択肢があり、治療法により治療期間(半年または1年)やそれぞれの薬剤の特徴(副作用の出方など)の違いもあり、患者さんの全身状態や、希望に応じてどの治療法を行うかはインフォームドコンセントのもと決めていきます。
切除不能進行・再発胃癌に対する化学療法について教えてください
まず治療開始前に、分子標的薬や免疫チェックポイント阻害剤の適応を決めるために、HER2(タンパク)、CPS(combined positive score)、MSI(サイクロサテライト不安定性)といった検査を行います。HER2陽性(約20%)であった場合、一次治療はフッ化ピリミジン系(5‐FU、S-1、カペシタビン)+プラチナ系薬剤(シスプラチン、オキサリプラチン)の併用療法に抗HER2薬であるトラスツズマブをさらに上乗せします。HER2陰性であった場合、フッ化ピリミジン系+プラチナ系薬剤の併用療法に免疫チェックポイント阻害剤薬であるニボルマブの上乗せを考慮します。(CPS>5で上乗せ効果が高いと期待されます)
二次治療に関しては、MSI検査がhighの場合、免疫チェックポイント阻害剤のペンブロリズマブ療法が、それ以外(MSI検査がlowの場合)では抗VEGF阻害剤であるラムシルマブ+パクリタキセル療法が推奨されています。
三次治療では、HER2陽性の場合、トラスツズマブ・デルクステカン療法、HER2陰性の場合、イリノテカンやFTD/TPI、一次治療でニボルマブを併用しなかった場合、ニボルマブ療法などが推奨されています。
四次治療以降では三次治療までの候補薬のうち使用しなかった薬剤を適切なタイミングで切り替えて使っていく治療戦略を考慮します。
切除不能・再発胃癌に対する化学療法は、概ね上記のような内容となっていますが、さらに詳細をお知りになりたい方は、日本胃癌学会が出している「胃癌治療ガイドライン」を参照して頂けると幸いです。
薬物療法の副作用について教えてください
胃癌に限らず、癌の薬物療法というと、吐き気や脱毛といった副作用を想像される方が多いと思います。しかし、実際には使用する薬剤によって副作用も多種多様で、あまり脱毛を起こさない薬剤もありますし、手足のしびれの様な神経障害を来たすような薬剤もあります。分子標的薬、免疫チェックポイント阻害剤など新規薬剤の登場により、起きる可能性のある副作用もより多く、より複雑化していると言えるでしょう。普段と違った体の症状が出た時には無理に我慢せず、早めに教えて頂ければと思います。
通院で治療できますか? 入院が必要でしょうか
当院では約10床の外来化学療法専用ベッドを有しており、通院治療が可能です。患者さんの状態や希望に応じて、また初回治療時など入院にて化学療法を行うこともあります。気軽にご相談頂ければと思います。
仕事をしながら薬物療法は可能でしょうか
お仕事を継続しながら治療をされている患者さんも少なからずおられます。使用する薬剤やスケジュール、お仕事の内容も多様なため、安易に自己判断せず、こちらもご相談頂けると幸いです。
費用はかかりますか
近年の化学療法は従来の殺細胞性抗がん剤に加え、分子標的薬や免疫チェックポイント阻害剤など高額な薬剤も多く使用されるようになりました。一定以上の医療費がかかる場合は高額療養費制度を活用できます。負担額に関して不安があれば、遠慮せずご相談してください。
最近、がんゲノム医療という言葉をよく聞きますが?
がんゲノム医療とは、一度に多数のがん関連遺伝子を調べることを可能にしたFoundationOne CDxがんゲノムプロファイル(次世代シークエンサーによる)やOncoGuideTM NCCオンコパネルシステムを代表とする「がん遺伝子パネル検査」を行って遺伝子異常を検出すること、さらに遺伝子異常が検出された患者の一部においてアクショナブルな遺伝子異常に基づいた治療を行うこと、を言います。
臨床現場では、現在使用できる標準治療薬に加えて、新たに効果の期待できる薬剤を探す目的で「がん遺伝子パネル検査」が行われています。当院でも、三重大学医学部附属病院ゲノム診療科と連携し、適応症例においては、手術や内視鏡生検で得られた腫瘍組織を大学に提供することで、「がん遺伝子パネル検査」を行うことが可能です。
最後に読者にメッセージをお願いします
がんに対する薬物療法は上記の様に進歩してきていますが、がんは早期発見、早期治療が肝要です。胃癌に関しては、ヘリコバクターピロリ感染胃に対しては除菌療法、また、がん検診を定期的に受けることが重要であることを忘れないで頂きたいと思います。
<参考>
TPS(Tumor proportion score)と CPS(combined positive score) の違い
TPS:がん細胞での PD-L1 陽性率、 PD-L1 陽性細胞数(がん細胞のみ)/総腫瘍細胞数×100
CPS:がん細胞周辺の PD-L1 陽性率、 PD-L1 陽性細胞数(がん細胞+リンパ球+マクロファージ)/総腫瘍細胞数×100)
もともとは、TPS で評価していたが、T 細胞の機能を抑制する PD-L1 のシグナルは、 がん細胞だけでなく、そこに浸潤してきているリンパ球、マクロファージももっており、 周辺環境全体での抑制シグナル(PD-L1)を評価する CPS も使われるようになった。
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